トップページへ仙台藩最後のお姫さまみちのくの文学風土
みちのくの和歌、遥かなりみちのくの指導者、凛たり武将歌人、伊達政宗
 
登米物語と芳賀邸の公開ーその3
2007年4月29日


 
  
登米の魅力
 いったい登米の何が優れているのでしょうか。私は必ずしもひとつひとつが特に優れているとは思いません。明治の建物にしても明治村に行けばさらに壮大なスケールの素晴らしいものを数多く見ることができます。私は登米が他に比べて優れているのは、山と川、町並み、田園が調和し、さらにそこに住む人たちの生き生きとした日常生活が営まれているところにこそ、明治村には真似の出来ない姿があり、日本人の心の原風景ともいうべきものがいたるところに息づき、それが多くの人々を引きつけてやまないからではないかと考えています。町に住む人たちが一途な気持ちで町の歴史や文化を守りこれを次代に残そうとする気迫があったればこそ、今日の登米があるのだろうと私は考えています。
 そうした視点で考えると本日の芳賀邸の一般公開と『登米物語』の出版は大変意義深いものであります。従来行政が中心となって進めてきた施設整備や刊行パンフレットの作成、これが今回は芳賀さんの自らの熱意で行われたからであります。このような動きがいろいろなところからわき上がり、小さな環が更に大きくなりながら新しい登米市の活力ある町づくり、地域づくりに結びついて行けばと大きく期待しているところであります。
 さていま私たちを取り巻く環境は大変殺伐とし閉塞感も漂っています。どうしてでしょうか。これは国をあずかる者、地方をあずかる者が、しっかりとした理念や哲学を持たず、全体を俯瞰する力を失ったなかで政治や行政が行われているからではないでしょうか。かって為政者の多くは歴史や文学、政治や行政について熟知するとともに、日常生活の中で日本の優れた伝統文化を楽しむ風雅を心得ていました。
 そのような基本的な知識と教養の蓄積があったればこそ、国や地域を俯瞰し、国民や市民に夢や希望をもたせることのできるビジョンを示すことが出来たのではないでしょうか。国や地方をあずかる者が委任されたことがらについて熟知していたればこそ国民や住民に、自分の言葉で自分の心情を吐露することができ、それがあったればこそ多くの国民や住民が国政をあるいは地方の政治を信頼することができたのではないでしょうか。いまはどうでしょうか。国の向かう方向や地域の向かう方向が不透明であり、それが閉塞感に結びついているのではないでしょうか。